三成が用いたと伝わる旗印です。「一人が万民のために、万民は一人のために尽くせば、天下の人々は吉(幸福)になれる」という意味です。
“One for all ,all for one.”(一人はみんなのために、みんなは一人のために)に似通った言葉です。三成が理想としたのは、これが当たり前にできる世の中だったと考えられます。
秀吉は鷹狩りの帰りに喉の渇きを覚え、寺に立ち寄り、茶を所望しました。
寺小姓はまず、大きめの茶碗にぬるめのお茶を、次に一杯目よりもやや小さい茶碗にやや熱めのお茶を、最後に小ぶりの茶碗に熱いお茶を出しました。
まず喉の渇きを鎮めさせるためにぬるめのお茶を出し、後に熱いお茶を充分に味わせようとする寺小姓の心遣いだったのです。
これに感心した秀吉は、その寺小姓を家臣にしたといいます。それが後の石田三成です。
ある時、三成と吉継は同じ茶会に参加しました。茶会では一杯のお茶を一口ずつ回し飲みをするものだったのですが、らい病(ハンセン病)を患っていた吉継の顔から出た膿が茶に落ちてしまい、後の人たちは口をつけるのを嫌がり、飲むふりだけをしていました。しかし順番が回ってきた三成は一切躊躇することなく口をつけ、「飲み干してしまったので、もう一服点てていただきたい」と言ったそうです。
それ以降二人は厚い友情で結ばれたといいます。